人生はやり直せる ~死にたい時こそ生きる道を②~

こんにちは!

 

前回の続きになりますが、仏教のお言葉で終わりましたね

まあ、私は無宗教なのですが、この言葉は私を変えてくれた言葉なのです。

 

もし、年を取ってしまって生きる希望がなく、死にたいと思っている人、若いけれど先が見えなくて死にたいと思っている人がこのブログを見ていたら、、、

 

どうか踏みとどまってほしい。

 

私も死にたいと思ったことが何度もありました。

誰も支えてくれる人がいなくて低収入で、女の子と付き合うステータスも低い状態でこの先何が見えるの?

生きていて何の意味があるの?

自分は社会に受け入れられない人間なの?

 

こんなことを何度も思いました。でも、この仏教の言葉を聞いて生きる希望が湧いてきました。そしてこれまで重たかった足がようやく動き出したのです。

前回紹介した言葉に次のような一句がありましたね。

 

若い時に心を育てることなく、財産を作る努力をしてこなかった人は~

 

これはまさに当時の私でした。私は人生の大事な時に遊んでしまったのです。

具体的にどう遊んだのかと言えば、仕事をろくに探そうとせず、彼女とデートを楽しむことばかり考えていたのです。リア充ごっこをしていたのです(殴っていいですよ)

今を楽しもう!とばかり考えていたのです。(本当は現実から逃げていただけです)

 

当然、彼女に振られたら、残る物なんてありませんよね。

私は「恋愛=人生」と考えてしまったのです。

自業自得ですよね。ほんとうに。

 

思うに「心を育てる」というのは辛い環境に目を背けず、現実逃避をしない生き方に身を置くことだと思うんです。

だから私には心が育てられなかった。後悔の塊のような人間です。

 

でも、そのおかげで心を育てる機会が生まれ、今をこうして生きていられるようになりました。

 今回のブログで私が伝えたいのは次の通りです。

 

 

もし、年を取ってしまった方で、いまさらどうしようもないよとな嘆いてもそれはこれまでの人生のツケなんです。若い時に心を育てたり財産を作って来なかったからです。若い時に遊んだからではないでしょうか。

 

不愉快にさせてしまい、ごめんなさい。

 

でも、もし生きていきたいならば、その事実を受け止めて、プライドを捨てて誰かにすがることから始めませんか?

 

私も絶望だったときは周りにすがりました。飲み会を企画しまくったり、長電話してもらったりと迷惑ばかりかけました。

 

でも、それでいいんじゃないでしょうか。みんな迷惑ばかりかけているんですから。

そのお礼に周りに優しさをいっぱい振り分けたらいいんです。

やさしさを振りまき続ければ、必ず最後には誰かが助けてくれます。

 

本当にそうだと思います。実はこの赤字のところはあるお坊さんのお言葉に私の解釈を加えたものです。

 

老いたサギのように苦しんでいるならば、誰かに助けてもらいましょう。

親戚も友達もいないならば、公共機関に出向いてみましょう。

セーフティネットがあります。

 

そこから再生しましょう。

 

私もこのような気持ちで再生したつもりです。

 

教育に携わる身ですので、子供達にもこのことは言い続けています。

 

「心を育てよう」

 

あいまいな言葉ですが、人生の真理をついた言葉です。