友達の失恋と己の失恋

こんばんは!

受験シーズンも後半戦ですね☺
私立大・国公立大問わず、受験生の皆さん、「必ず受かるんだ!」という気持ちを最後まで持ってください!

そうすれば、本番でどうしたらいいか分からない問題に直面しても、「何とかしよう」という気持ちが沸いてきます。窮地に立ったときに、再び努力しようとする、すなわちセカンドエフォートの差が勝敗を決する!
私はそう思ってます。



さて、今回は受験とは関係ないですが、私の友人からからこんな相談がありました。
恋愛に悩んでいるようです。

「二年間、付き合っていた彼女と別れた。自分はこれまで彼女と別れようと思ったこともないし、いっぱいご馳走したり、楽しいところにも連れてってあげた。二人で過ごしている時間は本当に幸せだった。それなのに、突然、彼女から別れを告げられた。しかも、ラインで一方的に切られた。もう死にたい。」


恋愛というのは人によって考え方が違うと思いますが、私自身失恋というのは本当に辛いものだと思います。友人の気持ちは痛いほどよく分かります。
私も同じような経験がありますから。

でも、こればっかりはすぐに解消される問題ではないんです。

時間が解決してくれるのを待つしかないんです。

ただ、一つ言えることがあります。
これは、あるお坊さんのお言葉ですが、

「あなたの失恋を一番悩ませているのは彼女自身と別れたことではなく、あなた自身が愛されていた、信頼されていた時間が失われたという事実である」



そうなんです。何が悲しいかというと、あなたが大切にされていたという事実があなたの心に残っていて、それが過去へと流れていくことに苦しみを感じているのです。

だから私は友人に言いました。

「お前にとっては大切な女性だったんだろうね。でもさ、もしお前が大切にされずにただ、利用されていたと分かれば、当然怒るよな?つまり、お前がこれから大切なのは彼女が戻ってくるのを無駄に期待するのではなく、自分を大切にしてくれる環境を探すことじゃないかな。」


ずいぶん偉そうですが、これは、私が失恋から立ち直った時の支えになった言葉です。
彼の境遇がすごくよく分かるんです。

でも、忘れようとすればするほど彼女の事を思い出してしまうんです。負のスパイラルに巻き込まれるだけです。

だから、まず我々がやるべきことは2つ。

①彼女との連絡や履歴を一切断ち切る。メールも電話もラインも全て切る。はっきり言って復縁なんて夢物語です。どんなに綺麗事を並べても、結局はあなたを捨てたんです。

②環境を変える。仕事でも住居でも何でもいいから新しい自分をスタートさせる。

この二点が失恋から復活する手段です。


間違いない。自分もそれで立ち直ったような気がする。


辛いのは分かる。でも、辛いと感じるのは生きている証。前の記事にも書きましたが、命は本当に奇跡的存在なのです。
その証を痛感できるのが「悲しい・辛い・苦しい」という感情ではないでしょうか。

傷付かずに恋愛は出来ません。私は失恋で自殺したくなりましたが、今は命を全うしようと考えています。

失恋して苦しい方へ。
苦しい時こそ環境を変えましょう。

あなたの可能性はそこにあるのです。



。。。。とまあ、今回も偉そうに書いてすみません私の備忘録ですので、お許しを‼

自分は自分から出られない

こんばんは。

早くも四回目のブログです!
三日坊主の壁は越えました(笑)
さあ、次は一週間続けるぞ!


ただ、誰も記事を読んでいないみたいなので、当初の目的通り、備忘録になってますね(笑)


さて、今日はある予備校の先生が仰っていた言葉を取り上げたいと思います。

この先生は某予備校で英語を教えていらっしゃるのですが、英語の論理性を徹底的に追及されています。

私はこの先生の書物をほとんど読み、講義も少し聞きましたが、圧巻の一言でした。

私も一応、英語を教えている身なのでこの先生の指導法、お言葉はバイブルの如く参考にさせてもらっています。

さて、その先生が仰っていたことは次の通りです。
うろ覚えなので、正確ではありませんが、、


「人生途中で投げ出してどうするの?自分は自分という身体から抜け出すことはできないんだよ。しかも自分がこうして生まれてきた確率は天文学で考えると、信じられないくらい低い。いわばサッカーのW杯決勝を最前列で見ているものに等しい。ハーフタイムで帰る奴は理解できない。だってみんなこのあと何が起こるか分からないから最後まで見ようとするんだよ」


人生=W杯決勝かぁ。確かにそれくらいの価値があると思います。だって受精の過程を考えれば、私が生まれてきたのなんて、とんでもない確率ですよ。そんなプレミアムチケットを持って生きているのに途中で投げ出してどうするんだろ(笑)


よし、最後まで諦めずに生きよう!死にたくても生きよう!
だってこれからの人生、何が起こるかわかんないもん!金運が上がるかもしれないし、素敵な女性に出会えるかもしれない❤

それまでに腕を磨いておこう。
(しまった、明日面接なのに靴磨いてない)
このかけがえのない自分はもう空のビンじゃない。


、、うーん靴磨きの発言見てもセンスないな(笑)
書いている自分が恥ずかしいわ爆

まぁ、とりあえず残しておこう(笑)

皆さんは人生をどう考えていますか?

人生はやり直せる ~死にたい時こそ生きる道を②~

こんにちは!

 

前回の続きになりますが、仏教のお言葉で終わりましたね

まあ、私は無宗教なのですが、この言葉は私を変えてくれた言葉なのです。

 

もし、年を取ってしまって生きる希望がなく、死にたいと思っている人、若いけれど先が見えなくて死にたいと思っている人がこのブログを見ていたら、、、

 

どうか踏みとどまってほしい。

 

私も死にたいと思ったことが何度もありました。

誰も支えてくれる人がいなくて低収入で、女の子と付き合うステータスも低い状態でこの先何が見えるの?

生きていて何の意味があるの?

自分は社会に受け入れられない人間なの?

 

こんなことを何度も思いました。でも、この仏教の言葉を聞いて生きる希望が湧いてきました。そしてこれまで重たかった足がようやく動き出したのです。

前回紹介した言葉に次のような一句がありましたね。

 

若い時に心を育てることなく、財産を作る努力をしてこなかった人は~

 

これはまさに当時の私でした。私は人生の大事な時に遊んでしまったのです。

具体的にどう遊んだのかと言えば、仕事をろくに探そうとせず、彼女とデートを楽しむことばかり考えていたのです。リア充ごっこをしていたのです(殴っていいですよ)

今を楽しもう!とばかり考えていたのです。(本当は現実から逃げていただけです)

 

当然、彼女に振られたら、残る物なんてありませんよね。

私は「恋愛=人生」と考えてしまったのです。

自業自得ですよね。ほんとうに。

 

思うに「心を育てる」というのは辛い環境に目を背けず、現実逃避をしない生き方に身を置くことだと思うんです。

だから私には心が育てられなかった。後悔の塊のような人間です。

 

でも、そのおかげで心を育てる機会が生まれ、今をこうして生きていられるようになりました。

 今回のブログで私が伝えたいのは次の通りです。

 

 

もし、年を取ってしまった方で、いまさらどうしようもないよとな嘆いてもそれはこれまでの人生のツケなんです。若い時に心を育てたり財産を作って来なかったからです。若い時に遊んだからではないでしょうか。

 

不愉快にさせてしまい、ごめんなさい。

 

でも、もし生きていきたいならば、その事実を受け止めて、プライドを捨てて誰かにすがることから始めませんか?

 

私も絶望だったときは周りにすがりました。飲み会を企画しまくったり、長電話してもらったりと迷惑ばかりかけました。

 

でも、それでいいんじゃないでしょうか。みんな迷惑ばかりかけているんですから。

そのお礼に周りに優しさをいっぱい振り分けたらいいんです。

やさしさを振りまき続ければ、必ず最後には誰かが助けてくれます。

 

本当にそうだと思います。実はこの赤字のところはあるお坊さんのお言葉に私の解釈を加えたものです。

 

老いたサギのように苦しんでいるならば、誰かに助けてもらいましょう。

親戚も友達もいないならば、公共機関に出向いてみましょう。

セーフティネットがあります。

 

そこから再生しましょう。

 

私もこのような気持ちで再生したつもりです。

 

教育に携わる身ですので、子供達にもこのことは言い続けています。

 

「心を育てよう」

 

あいまいな言葉ですが、人生の真理をついた言葉です。

 

 

 

 

 

 

 

人生はやり直せる ~死にたい時こそ生きる道を①~

人生は辛いことだらけです。

 

ドイツの思想家ショーペンハウアーは「厭世」について説き、次のような記述を残しています。

 

“人生の始めと終わりとの間の道は常に下り坂である”

“人生とは失望と欺瞞以外の何物でもない”

“人間は失望を積み重ね、最後は死という断末魔が待っている”

 

これは一部ですが自分の人生が辛いと感じている方こそ、この言葉に深みを感じたり思い悩むきっかけになるかもしれません。

 

かく言う私自身もどん底の時期がありました。

仕事が上手く行かず、公務員試験を受けるという理由で非正規社員になり年収は激減。

試験は3回受験したものの、結果は全て不合格。3回目の試験は最終選考まで残っていたので「もうすぐだ!」と気持ちが高ぶっていただけに、不合格は鉄球を投げつけられたようなものでした。

公務員試験に惨敗した私は民間企業に就職するために転職活動をすることにしましたが、書類選考や面接で何度も落とされる始末。

それに見兼ねたようで当時付き合っていた彼女に振られ、金銭問題もあって最後は喧嘩別れ。

 

仕事も決まらず、彼女にも振られ、常に胸の奥に何かがつっかえているかのような苦しさがずっと続きました。体重も10キロ激減して、見かけの通り夢と希望も語れない社会人となってしまったのです。

私は彼女と結婚することまで考えていたので、心の支えは常にその子にありました。

友達も少なく、家族とも疎遠な私にとっては唯一の支えが恋愛でした

しかしそれが失われ、私は道端に捨てられたビンのように孤独を感じました。

激しい雨(後悔・悲しみ・苦痛)が降り注いでも私の外側を叩くだけで、内側にはその雨の冷たさだけが伝わってきます。私の内側にある汚れを洗い流すことはありませんでした。

 

とまあ、少し大げさな表現もありますが(笑)、私もどん底にいた経験があります。

今この記事を読んでいる方(もしかしたら自分だけ・・w)の中でもし同じような辛さを感じている人がいたら、あえてこの言葉を胸に刻みこんでみてはどうでしょうか。

 

 “若い時に心を育てることもなく、また財産を作ることもしなかったならば、魚のいない沼にいる老いたサギのように悩む”

 

若い時に心を育てることもなく、また財産を作ることもしなかったならば、昔のことを嘆きながら使い古された矢のように横たわる

 

これは仏教の経典『ダンマパダ』に出てくる一節で、当時の私には強烈に刺さった言葉です。

私のこれまでの人生を全て言い当てている一節でしたので、辛かったですね。

でも、これについてあるお坊さんが素晴らしい説教をされ、人生の可能性を切り開いていけるお話をしてくださっています。

 

長くなっちゃったので、続きは次回にしようと思います。

では。

 

 

 

 

 

 

第一歩!

 

本日からブログを始めたいと思います。少しでも興味があったら気軽に読んでください(笑)現在28歳ですが、日々学ぶことが多くて、「全ての事を記憶に留めていつでも頭の中から引き出せたらどんなにいいだろう!」と思っていました。(しかしまあ、9割くらいは頭のどこかに行ってしまうか、完全に記憶から消えるかなんですよね。。)

だから少しでも「覚えておきたい」と思って忘れにくい環境を作ろうという決意の下、たどり着いたのがブログという手段です(^^)

どう書いたらいいのか、いまいちよくわからないですがとりあえず走り書きでも何でも書いてみようと思います。

最近は気持ちの浮き沈みが激しいので心のプラス面とマイナス面のどちらも書くつもりです。まあ出来ればプラス面のことばかり書きたいけど。。そうなるように明るく前向きに生きていこうと考えています。(*^-^*)

 

簡単に自己紹介だけして、初回は終わりにしようと思います。

現在は会社員で教員みたいなことをやっています。子供達に教えることが多い立場ですが、教えることを通じて、教わることもとても多いです。変な先入観に捕らわれていないくて純粋無垢な子供達も多いので、そうした彼らが将来の夢を自由に語るのは自分の心には刺激になります(*_*)「先入観に捕らわれるなよ、お前!」と喝を入れられている気がします(笑)確かに人生で壁を作っちゃうのは周りではなくて自分なんですよね、たぶん。知恵を身に付ける努力をして行動に移せば、少しは変わる気がするんです。アドラー心理学を分かりやすく記した『嫌われる勇気』(岸見一郎さん著)の本の影響もありますが、人間変われないのは変わる勇気がないからなんだなあ、だから変われと思うようになってきました(このブログが変わるきっかけになれば。。。。)元ヤクルト監督の野村克也さんも同じことを言ってました。

話しがだいぶ逸れたけど今後もこういった現場で学んだ知恵と書物から学んだ知識・知恵も含めて、教育関連のことは記事に残していくつもりです。(ただ自分は英語と国語を教えているのでそれがメインですがm(__)m)

あと、趣味は野球とかサッカーの試合観戦。それと競馬も少しやっています。(世間でいうギャンブル狂ではなく、趣味程度にやっています。だから負けてばかりです(´;ω;`))

 

今後は趣味と仕事、あとは本とか読んで心に響いたことを書いていこうと思います。備忘録の目的もあるので。。。

 

今日はここまで(といっても今は自分に向かって言っているだけですが(笑))

ではまた次回に!